Don Friedman Trio --- "Circle Waltz"

日本マクドナルドの創業者であった藤田 田(でん)氏がかつて、テレビの対談番組でこんなことを言っていた。

--- マクドナルドのハンバーガーで大きくなった子供達は、どんな不況の時代にもお店にやってきてくれる。潜在意識の層に味の記憶をインプリンティングすることに成功した我社は永遠不滅である ---

実際はもう少し婉曲的な表現だったし、氏が「インプリンティング(刷り込み)」などという生物学用語を商業戦略的な意味で使ったのかどうか、そのあたりもボクの記憶はあいまいだが・・・。

実際、「刷り込み」作戦にまんまと洗脳されたのかどうか分からないが、ボクは時折、マクドナルドのハンバーガーが食べたくてしかたなくなり、思わずショップへ飛び込んでしまう。食べてみると他社の同等品にどこがどう勝っているということもない。チープな味わいに、理由のない満足をして店を出るだけの話である。
ジャズについても同じような現象がある。月に一度、年に一度、数年に一度、まあスパンはいろいろだが、いきなり懐かしの旋律やリズムが脳裏を駆け巡り、それを聴かなければいてもたってもいられなくなるのだ。今日はその中の一枚を紹介しよう。

Don Friedman トリオの名盤 "Circle Waltz" ・・・ これのタイトルチューン Circle Waltz

美しく印象的なテーマから一転して静かに自分の音を探りにいく展開の妙、確かめるようにゆっくりと弾かれる和音の連鎖、そしてその間(ま)のとり方、比較的地味なアドリブパートに秘められた指使いの隠し味・・・

音楽理論に乏しいボクなので、陳腐な文学的表現で逃げるしかないが、いずれにしても彼のもつスパイスにやられているのだろう。
そしてやはり・・・「刷り込み」なのだ。学生時代にジャズ喫茶で聴いた音が、潜在意識にしっかり沁みついていたのであろう。長いブランクの後またジャズを聴き始めてこの盤に再開した時、デジャブ現象を経験した。自分がいまいるジャズ喫茶の隅っこで、ボクは完全に30年前にタイムスリップしていた。

デジャブ現象をボクに引き起こしたのは、聴覚以上にこのレコードジャケットの視覚的要素だ。このデザインは潜在意識の表層に貼り付いていただけなのか、いとも簡単に意識の層に浮かびあがってきた。現代絵画を想像させ、いかにも意味深長なデザインだ。アーティストの肖像や、楽器やら、プレー中の画像が中心に描かれる当時のレコードジャケットの常識からすれば、これは十分に斬新的なアートであったのだろう。

女性の裸体の一部が裂け、内蔵物が見えてくるという意匠で、ボクが直ちに連想するのは、松井冬子の前衛的な日本画の一つ「浄相の持続」である。



これのインパクトはさすがに強い。思想を超えた情念が背後に満ちている。細部に至るあらゆる表現(色使いやタッチなどの技法)が、束になって見る者の心に突き刺さる。「和」の「女」の最も深部の情念、いや怨念みたいなものが美の世界に突き込もうとしている瞬間を我々は目撃する。

さすがにこういう絵画に一旦捕まってしまうと、レコードという近代商品の表面デザインなんてものがとても薄っぺらく見えてしまう。単なる商業デザインと芸術の決定的なギャップ! 肉体に硬質なメカニズムを埋めこむという対比技法も、いかにも西洋臭くて、ありふれたランクに落ち込んでいく。ちょっと見れば、女性の胸元から見えているのは、ドン・フリードマンその人のようにも見えるが、これなども芸術性を台無しにしてしまっているように思える。

しかし、改めて考えればレコードジャケットとしてはこれで十分なのだし、逆にこれに高い芸術性を組み入れてしまうと、肝心の音で勝負!とはならないだろう。そのサジ加減をデザイナーが計算したかどうかはわからないが、そこそこに落ち着いたのが幸したのだ。マクドナルドのハンバーガーが、もし端正な芸術作品のようであり、包装紙に至るまでアートが香っていたなら、ボクも決してインプリンティングされたりはしなかったであろうから。


"Circle Waltz" 1962, Riverside

Don Friedman (pf)
Chuck Israels (b)
Pete LaRoca (ds)


(筆:しろくま)

 






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