Chet Baker -- "Candy"


この私的名盤のコラムに投稿を始めてからずっと思ってきたことがある。-- ジャズが好きで、たしかに仕事場でもずっと音を流しているようなボクではあるけれど、人さまが読むことを前提にして何事か語ることが本当にできるのかという点だ。仲間内で音楽談義をすることはできても、「語る」となると、これは少しばかり次元が違うよね。

敢えてそのあたりを乗り越えないとブログなんてものは書けないので、自分の薄っぺらな知識にマスクをかぶせては厚顔を通すしかないのだが、今回ばかりはホントに「好きっ!」の勢いだけで書こうと思う。(僭越ながら、TJCの書き手諸氏にもこのあつかましさだけは見習っていただきたい・・・笑)

 はい、Chet Baker であります。

・・・すでに液晶画面の向こうに、Chetファン達の冷ややかな眼差しが感じられる。オマエゴトキニナニガカケルノダ?・・・・呪いを含んだテレパシーがざわざわと押し寄せてくる。

Chetの信者は、ほんとにたくさんいる。
入門期のファンはこう言う -- 「私がジャズだと思っていた音楽は、実は Chet Baker だったと気付いたよ。」
ベテランはこう言う -- 「ジャズという音楽があって、もう一方に Chet Baker の音楽があるのだ。」
まま、Miles Davis のファンや、Keith Jarrett のファンだって同じこと言ってきたし、そこまで言うのもナニやろって感じがするのだが・・・。ただ、Chetファンには隠れ教徒が多くて、このもの言わぬ分厚い層が発するオーラは他の追従を許さぬものがある。

ネットで彼の作品を調べてみようなんて思わない方がいいね。リストを見るだけで圧倒されてしまうから。
  http://www.gokudo.co.jp/Record/CBaker/index.htm
  http://www.jazzdisco.org/chet-baker/discography/

思い入れだけ大事に抱えて、つつましやかな隠れ信者を決め込むのが、ここは最善の策なのだ。

 前置きだけですでに文面を消耗させてしまったが、大急ぎでボクの愛聴盤を一枚紹介しよう。
彼は1988年に、アムステルダムのホテルの窓から謎の転落死(おそらく自殺、そうじゃなかったらアレで)をしてしまうのだが、その3年前に Stockholm でテイクしたトリオでの演奏だ。曲はChet がお得意とし、またみんなが聴きたがるお馴染のスタンダードばかりだ。

彼は86年と87年に東京へも来ていて、その時の録音は "Chet Baker In Tokyo" というCDに(そしてDVDにも)なっているのだが、その中の "You'd be so nice・・・" を最初に聴いたのが間違いだった。お約束のスウィート・ボイスがもうよれよれ、音程も外れ、棺桶に両足突っ込んで歌っている風情だった。後期の Chet にロクなものはないという評論家さんの言葉を、そのまま鵜呑みにしてしまうに十分な寂しいトラックだった。

ヨーロッパで次々に出される盤に興味もなく、Vanessa Paradis が歌う "Chet Baker"  http://www.youtube.com/watch?v=fA77J9GriGQ などを聴いて、ヨーロッパでの若い世代も含めての根強い人気をうかがい知ることもあったが、ボクはというと依然として、"Sings" 聴いて寝てよう・・・というレベルだった。

youtube にはホントに感謝しなきゃいけないが、晩年の Chet Baker を動画で見ることができるようになり、彼の音の本質みたいなものが僕の耳にもようやく届くようになってきた。たかだか数カ月前の話である。
そこで見かけたヴィデオ・クリップの一つがこれ・・・
  http://www.youtube.com/watch?v=Vf3Hp8az9jw
もともとボクは "Nardis" という曲にめっぽう弱い。こんなにアディクティブに美しいメロディーは他にない。音符にヤクが仕込まれているんじゃないのか? これを晩年の Chet がやっているんだからもうたまらない。軽い自己喪失感と共に、Chet の音世界に引き込まれてしまう。これに続く Bye Bye Blackbird もなかなかいい。
これのCDバージョンが今回ご紹介の "Candy" というわけであります。スタジオなのか、個人の家の中なのかよくわからないシチュエイションだが、音も非常に綺麗に取れていて、満点を差し上げたい盤なのだ。

「もうやるだけやったよ、自分に残ったのはこの音だけ」・・・Chet がまさにそう言っているかのような、洗練の極みとも言える音の運び・・・、確かにペットの音はかすれ、力なげに響きもするが、人生の晩年を象徴する音のように思えてならない。自分を飾ることはもうできないが、残ったものだけを最大限に燃やしつくしていくしかない・・・ そう!人生悟りの境地。
 
それにしてもこの盤では Michel Graillier のピアノ、 Jean-Louis Rassinfosse のベースがホントいい音でChet を支えている。こういうのを文字通り「好サポート」っていうのだろう。彼のヨーロッパでの晩年は、とても幸なものだったと思う。すばらしいサイドメンに恵まれ、もし彼らのサポートがなかったらなら、「孤高のトランペッター」の文字から「高」が抜け落ちていただろうから。
それでも、彼は「飛んだ」のだ。「高」を捨てて「孤」に帰りたかったのか、それとも「孤高」を永遠のものにするためだったのか・・・。



(筆:しろくま)








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